不惑 you !!

   

fuwaku.gifThe day came ! Come on, fuckin' forty years old !!
・・・・・、取り乱してしまいました、すみません。
ええ、なりましたよ。40歳です。40台です。40から49までで括られる40台です。
あんまり実感わかないですね・・・。
子どもの頃、学生の頃、社会人成り立ての頃、「40歳」ってかなり爺だと思っていたように記憶します。周りも含めて自分が思ってたより若い気がしますが、40歳の目で見てるからでしょうかね。子どもや学生からすると、やっぱりかなり爺さんって風に見えるんでしょうかね?まあね、白髪も増えてきたし、肌つやは悪いし、確実に爺さんに近づいてるのは事実ですけど・・・。アラフォーなんて横文字に置き換えられてターゲティングされるほど画一的ではないと思っているのは自分だけでしょうか。

吾十有五にして学に志し、三十にして立つ。
四十にして惑はず、五十にして天命を知る。
六十にして耳順ひ、七十にして心の欲する所に従ひて矩を踰えず。

惑いまくってますね。何一つ惑わずにこなせないです。いや、もしかしたら立ってすらないのかも。
30歳の頃に思い描いていた40歳の自分(有り体に言うなら、格好いいオトナってヤツか)に、まったく届いていないのは、当時の自分の目標設定が間違っていたのか、10年間の歩みが間違っていたのか、そもそも進んできた方向は合っていたのか・・・。
40歳という年齢は、人生80年の半分であり、20台前半から60までの一般的な社会人ライフにおいても真ん中であり、それは折り返し地点であることを示唆するわけですが、いわゆるInputからOutputに変わることにもまだ抵抗があったり、ここまでの経験を生かして杵柄でこなしていくほど持ち物に自信もないし、天の邪鬼というべき変人気質ゆえに流されることに反発して結果的に茨を行くことになったことも数あれど反省できず同じ事を繰り返すばかり。そもそも40年生きてきた自分の存在意義すら疑わしいくらいの現状の前には折り返す意味すらも不明であったりします。生きることと死んでいないということにどのくらいの違いがあるのか、死んでいないことと死んでしまうことにどのくらいの違いがあるのか、誰が為に我はあるのか、我が為に我はあるのか。とはいえ、年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず、か。さて、41歳の自分は如何にあるか、不惑たりえているか。せめて同じからざることを願うのみです。

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